橋本病

日本人の名前がついた病気はいくつかありますが、なかでも橋本病はもっとも有名です。 橋本策(はかる)博士が明治45年にドイツの医学誌にはじめて発表しました。
橋本博士が単独でみつけたので、他の呼び名として慢性甲状腺炎という堅苦しいものがあるにはありますが、別の人の名でよばれることはありません。
バセドウ病は、ドイツ人のバセドウ博士がみつけましたが、アイルランド人のグレーブス博士も別個に見いだしているため、別々の二人の名前で呼ばれるのと対照的です。
世界中の医師がこの病気のことをHashimoto's disease、つまり橋本病とよんでいます。

十年ほど前に、ニューヨーク州の小さな町で開かれた甲状腺の学会に出席しました。コーヒーブレークの時に、私がアメリカ人の医師との会話の中で慢性甲状腺炎(chronic thyroiditis)という言葉をつかったところ「なぜ橋本病といわないのか。 なによりもあなたは日本人ではないか。 私は慢性甲状腺炎などという病名はあまり好きではない」といわれました。

橋本病はバセドウ病と同じく、自己免疫現象というややこしい身体の中の異常な反応によっておこる病気ですが、原因はいまだに不明です。 たいへん頻度の高い病気で、圧倒的に女性に多く(男性の10倍)、女性の10から20人にひとりはもっています。 ちなみに毎年2月になると悩まされる人が多い花粉症は、地域によって異なりますがおおむね5人に1人の頻度です。

橋本病では甲状腺が腫れることが多いのですが、かなり大きくなっていても本人が気づいていないこともあります。 腫れは甲状腺に慢性の炎症がおこっているためで、例外はあるものの、ゆっくりと痛みもなく本人の知らないうちに進みます。バセドウ病では「自己抗体」が甲状腺を刺激して本来必要な以上の量の甲状腺ホルモンを甲状腺がつくってしまいます。 一方、橋本病では、自己抗体によって甲状腺が少しずつ破壊されていきます。そこで50歳くらいからしだいに甲状腺の働きが悪くなり、その結果甲状腺ホルモンが足りない状態になってきます。

人によっては出産後に甲状腺の働きが悪くなったり、炎症の起こった甲状腺から甲状腺ホルモンが漏れてくるために甲状腺機能亢進症状がでたりすることもあります。

同じ橋本病であってもその程度はさまざまです。ほとんど治療の必要もない状態が30年以上も続くものから、ただちに治療をしないと命にかかわる粘液水腫性昏睡まであります。

(赤須文人著 甲状腺の病気とつきあうQ&A  講談社より)